枯れてしまった村の共同水道 地震から1ヶ月たった頃。村の共同水道が枯れてしまったといいます。地割れによってこれまでの水脈から水が漏れ出してしまったようでした。水道が壊れてしまっては、隣村まで水汲みに行かなければいけません。水がなくては生活がままなりません。そんな不便な生活を一刻も早く修繕しなければなりませんでした。 NHASは、地元民が主体となって活動しています。資材の購入から運搬、そして施工方法の決定、施工までを現地スタッフが中心となって運営をします。家の仕事が終わった後、村の広場に集まり皆で相談して決めます。地元の活性には地元民の活躍が欠かせません。NHASは、こうした活動を支援することで復興を目指しています。 こうした活動の積み重ねが、地元に活力を与え...28Nov2019これまでの取り組み
本格的な支援のはじまり まずは、命を繋ぐための支援が必要でした。しかし、物資はかさばりネパールまで運ぶだけで大変な費用がかかります。毛布や布団などの支援を申し出てくれた団体もありましたが、輸送費が高額になってしまいます。毛布などかさばるものを送るだけで6,000円ほどかかりますが、現地で購入すれば1,000円程。事情を説明して、現金で支援していただきました。 まずは、スポーツ飲料やサプリメント、レインコートなど、かさばらなくて日本で買った方が品質が良いものを購入しました。現地ではお米、防水のマットレス、薬も現地の言葉で表記のあるものを調達して、村へ運ぶことにしました。そして、地元の国会議員だった城内実氏の厚意によって、日本政府が届ける物資の中に100kg...21Nov2019これまでの取り組み
日本で最初の支援を呼びかけ 日本に帰国すると、新聞や知人のツテを頼って支援を呼びかけました。帰国する前にも、ネパール大地震の被害状況とビルさんの活動を伝える記事が新聞に掲載されており、ビルさんの安否を気遣う方々から連絡を受けました。各方面から次々と物資や支援金が集まってきました。地元のお寺や警察の団体、商工会など、日本でお世話になっている方々から、今回の大地震をきっかけに知り合った方々まで、各方面から支援を受けました。新聞での報道もあり、多くの方がネパール大地震に関心を寄せてくれました。 そして、日本へ戻ってから3週間ほどで、多くの支援が集まりました。14Nov2019
二週間後、帰国 2015年5月15日ネパールの内務省報道官によると、地震による死者8,460人・負傷者2万人以上になったことが発表されました。地震は収まって安堵しても、元の生活を取り戻すのが大変でした。怪我をして一命はとりとめたものの、障害が残ってしまったり、仕事を失ったりとこれまでの生活に戻れない人がたくさんいました。そして、命はあるものの家や家族など身寄りを無くしてしまった人も多く、自殺者の増加など二次被害の拡大も心配されていました。07Nov2019ことのはじまり