地震直後、携帯の中継機が壊れてしまって、携帯電話が繋がらない状況が長く続きました。
日本にいる家族ともなかなか連絡が取れませんでした。
電話がないと情報収集もままならない状態。混乱の最中、地震当日に予約していた飛行機にも乗ることはできません。
地震発生以降は、トリブバン国際空港も閉鎖状態。しばらくの間、飛行機の発着は中止され、機能を失いました。
日本にいる家族も心配で何度も電話を掛けましたが、携帯にはほとんど繋がらず安否確認ができませんでした。
二日目には携帯は電池も切れてしまい固定電話が頼りの綱。
しかし、現地にいる人たちは、余震を恐れて建物の中にいないので全く繋がらないのです。
時間が経つにつれ、今度は食糧不足の深刻化による暴動が心配になり、妻の真理子さんは、気がきではなかったといいます。
一方、ビルさんは両親が暮らすチャリス村が心配です。バイクを走らせて同郷知人らが住む地区まで行きましたが、チャリス村のことは分かりません。
村で唯一電話があるのが、ビルさんの家だったので、衛星電話を使って何度も電話をかけました。そして、地震から5日後にようやく電話が繋がり、家族と村の様子を聞くことができました。
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