余震と街の様子

 地震が発生後、しばらく街はパニック状態だったといいます。

10分、15分おきに次々と余震がありました。

地震に慣れていないネパールの人たちは、どのように対処すれば良いのかわからないまま恐怖に駆られて、家の窓から飛び降りたり、慌てて外に飛び出して車やバイクに接触したりと事故が多発していたそうです。

ネパールでは地震は滅多にないこと。地震に関する知識がない上、対策をほとんどしていないので、自分が地震に遭ったことすら認識できずにいる人も多かったようです。

 被害者の中には、地震の直接的な被害より、その後の二次的要因によって怪我や命を落とした方も多かったそうです。

病院には人が溢れ、入院している患者さんは建物の外に出て治療を受けました。病院自体も被災して設備が充分ではない中、怪我をした人が次々に担ぎ込まれてくるため、患者さんは大変不安な思いに晒されていたようです。

実際に、ビルさんの義理の妹さんは、入院中に被災して二日後に亡くなったそうです。

本来だったら、死に至るような病気ではなかったのですが、地震後の混乱の中、衛生環境の悪化とストレスによって力尽きてしまったそうです。

 そんな状況の中、ビルさんは日本に住んでいるので地震のことをよく知っていました。

だから、地震後多くの人が恐怖で動けなくなっている中、余震があっても本震ほど大きな揺れは来ないはずと思い、弟がいるチャリス村出身者の暮らす地区へバイクを走らせました。

そこには、弟さん夫婦が住んでいて、弟さんはトイレで動けなくなってしまっていたそうですが無事でした。

同郷の人達の無事も確認しましたが、その日から、外でブルーシートを張ったテントで夜を過ごすことになりました。 

nepal himalayan action society

NGO nepal himalayan action societyは、現地のスタッフで運営するNGO団体です。

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