余震と街の様子 地震が発生後、しばらく街はパニック状態だったといいます。10分、15分おきに次々と余震がありました。地震に慣れていないネパールの人たちは、どのように対処すれば良いのかわからないまま恐怖に駆られて、家の窓から飛び降りたり、慌てて外に飛び出して車やバイクに接触したりと事故が多発していたそうです。ネパールでは地震は滅多にないこと。地震に関する知識がない上、対策をほとんどしていないので、自分が地震に遭ったことすら認識できずにいる人も多かったようです。 被害者の中には、地震の直接的な被害より、その後の二次的要因によって怪我や命を落とした方も多かったそうです。病院には人が溢れ、入院している患者さんは建物の外に出て治療を受けました。病院自体も被...07Jun2019
2015年 ネパール大地震発生直後 2015年4月25日。午前11時56分。ビルさんは、その日夜のフライトで日本へ戻る予定でした。故郷であるチャリス村から移動し、弟のいるカトマンズ滞在中。ビルさんの経営する日本語学校の打合せ中に、被災しました。打ち合わせの相手は、たまたま日本人だったため、これは地震だとすぐにわかりました。これまで経験したことのない大きな揺れに、カトマンズの街中はパニック状態。建物は倒壊し、街中に人があふれていました。当然、空港へ行くこともできず、余震が続く中、夜を明かしました。 日本では、妻の真理子さんが心配し、携帯電話をかけましたが、25日の夜と26日にほんの少しの間だけ繋がったきり音信不通。当時、真理子さんのお腹には三人目の子を妊娠中。9歳にな...07Jun2019ことのはじまり