2015年4月25日。午前11時56分。
ビルさんは、その日夜のフライトで日本へ戻る予定でした。
故郷であるチャリス村から移動し、弟のいるカトマンズ滞在中。
ビルさんの経営する日本語学校の打合せ中に、被災しました。
打ち合わせの相手は、たまたま日本人だったため、これは地震だとすぐにわかりました。
これまで経験したことのない大きな揺れに、カトマンズの街中はパニック状態。
建物は倒壊し、街中に人があふれていました。
当然、空港へ行くこともできず、余震が続く中、夜を明かしました。
日本では、妻の真理子さんが心配し、携帯電話をかけましたが、
25日の夜と26日にほんの少しの間だけ繋がったきり音信不通。
当時、真理子さんのお腹には三人目の子を妊娠中。
9歳になる長女と3歳になる長男と一緒に、
遠くネパールで被災した夫の無事を祈るばかりでした。
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